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イスタンブールの日々・その2

  イスタンブールの日々・その2



ガラタ塔とガラタ橋
 
2010年 も語学留学でイスタンブールにやってきました。前回はちょっと様子見という感じだったので、今度はもう少し落ち着いて勉強する予定です。とはいえ、ついつ い観光気分であたりをふらふらとさまよってしまいそうですが。「その1」に引き続き、街角の様子をご紹介していきましょう。〈2010.12.8.〉



  ラマザン(断食月)



ベヤズットの広場でアトラクション



スルタンアフメット・ジャーミーのスイカ売り
 
こちらに到着したのは8月 の末。酷暑の日本を脱出したものの、トルコもなかなかの暑さです。気温が高いというよりも日差しが強烈で、日中外を歩いているとじりじり焦げる感じがしま す。でも思ったより湿度が低いせいか、日影に入るとひんやり涼しくていい気持ち。木陰で一息入れているひとが目立ちます。
この暑さのなか、トルコはラマザンRamazan(断食月)の真っ最中でした。ラマザンは犠牲祭と並ぶイスラム教の大きな行事で、約一ヶ月間、日の出から 日没まで飲食しません。煙草も吸わないそうです。2010年は8月11日から9月9日 まで。もちろんすべてのひとが断食するわけではなく、子供や老人、病人、妊娠中の女性などはしなくてもいいことになっています。最初の何日かだけするひと や、まるでしないひともたくさんいるようです。地方の小さな町では飲食店が閉まってしまい、外国人旅行者もやむを得ず断食をするはめになると聞きますが、 イスタンブールではいつものように屋台や食堂が開いていました。
こ の行事も犠牲祭と同じように、毎年開催時期が変わります。日の出が遅くて日没も早い冬場は断食時間も短くて済むでしょうが、夏場は日が長いから大変です。 食いしん坊のトルコ人にとってつらい一日ですが、その分日没後のお楽しみがたくさんあります。家族が一堂に会し、断食明けの特別なご馳走を囲んでにぎやか に過ごします。大きなジャーミー周辺ではさまざまな屋台が並び、アトラクションもたくさんあるようなので、夕方に様子を見に行ってみました。
 


日没を待つ人々



お隣さんにお裾分け



日没

スルタンアフメット・ ジャーミー(ブ ルーモスク)周 辺は、芝生の上にご馳走を並べて待機する家族連れでびっしり。あたり一帯は巨大なピクニック会場と化しています。一日のお勤めを果たした充実感からか、み んな何となく誇らしげな顔です。そして日没を知らせる合図とともにジャーミーにイルミネーションがともり、いよいよ食事の時間が始まります。広い敷地にひ しめくひとびとがみんな一斉に食べ始める光景は、なかなか壮観です。暑い時期なので、やはりみんなまず水を飲んでいます。それからご馳走に突入。
しかし何だかどこかで見たことがあるような…。そうです。芝生の上にあれこれ広げて飲み食いする様子は、日本のお花見にそっくり。ただしこちらは「開始時 間限定・アルコールなし」ですが。〈2010.12.8.〉



砂 糖祭 
 


  ガラタ橋のたもと



  余興のダンス
 
ほぼひと月にわたるラマザンが終わると、砂糖祭 (シェケル・バイラム Seker Bayrami)が始まります。ラマザン後の三日間、帰省して親族一同が集まり、ご馳走とお菓子三昧の日々を過ごします。子供たちは一族の年長者からお年 玉(?)をもらい、お菓子もたっぷりで大喜び。
イ スタンブール市内はいつもの交通渋滞もなく快適ですが、旧市街はやはりいつものようにすごい状態です。ガラタ橋のたもとでは、サバサンドをほおばりながら お祭り気分を楽しむひとたちがひしめいています。人だかりのなかにさらに人だかりがあり、何かと思ったら余興のダンスをしているお兄さんたちでした。青 シャツ赤スカートのお兄さんがベリーダンス風の女性踊りを披露すると、周りの人たちはやんややんやの大喝采。なかなか上手なダンスで見とれてしまいまし た。
 




  礼拝中
 
ガラタ橋の騒ぎをよそに、スルタンアフメット・ ジャーミーではラマザンが明けて最初の金曜日の礼拝が行われていました。参拝者が堂内に入りきれず、中庭で礼拝をしています。ラマザン中は いつもそのくら い参拝者が集まるのだとか。
と ころでラマザンの間、夜中の二時ごろにいつも目が覚めました。毎晩その時間になると、太鼓を叩きながら大声で歌を歌って通りを徘徊するおじさんが出没する からです。びっくりして窓からのぞくと、やたら派手な衣装のおじさんが夜目にも明るい電飾ぴかぴかの太鼓を打ち鳴らし、建物に反響するくらいの大声量で歩 いています。太鼓もただどんどん叩くのではなく、例によって何拍子でどこにアクセントがあるのかわからない複雑なリズム。それにあわせて浪花節というか民 謡というか、不思議な節回しで朗々と歌い上げています。しかもテノール並の高音域で。どう考えてもただ者ではない。 



  太鼓おじさん
 
こ れは何かというと、「これから夜が明けます。明けると夜まで食事ができないので、今から起きて準備をして夜明け前にたっぷり食べて、一日の断食に備えま しょう」というお知らせらしいのです。寝ているひとを起こすわけですから、そのやかましさは半端じゃありません。あまりにもやかましいので一部の地域では 禁止になったそうですが、我が家の近辺ではしっかりやっていました。おかげでラマザン中は寝不足気味で、明けてやっと安眠できるのでした。
… と思ってよろこんでいたら、砂糖祭の午前中にまたしても出現。今度は何人も一緒になって、建物の前に立ち止まっては一節うなっていきます。どうも門付けを しているらしく、ときどき窓からおひねりが飛んできます。外に出て写真を撮っていたら、太鼓おじさんが名刺をくれました。それで彼らは、宗教行事の他に結 婚式や誕生日などのお祝いに呼ばれて演奏するプロの音楽家集団だということが判明。どうりで毎晩リズムやトーンの乱れもなく、見事な演奏を聴かせてくれた わけです。数週間にわたる謎も解け、これでやっとほんとに安心して眠れますね。〈2010.12.9.〉



  イスタンブールのメーデー  



  「労働者の祭典おめでとうございます」

5月1日はメーデーです。トルコでも各都市で大き な集会が催されます。イスタンブールでは1週間ほど前にメーデーを強調する横断幕が街角に張られ、数日前から行進のある主要道路の脇にバリケード用の柵が 積まれていました。横断幕は区の名前入り。ちょっと意外な感じがしますね。
アパートの廊下に「当日は大変な混雑が予想されるので、タクシム方面に出かけることはお薦めいたしません」という張り紙が出ていました。そう言われると 行ってみたくなるのが人情です。だいぶ春めいた陽気になってきたので、散歩がてら様子を見に外に出てみました。



タクシム広場



デモ行進

タクシム広場に向かう大通りは、バリケードで完全 に封鎖されています。車道には外部から人も車も入れません。その車道いっぱいに広がって、みんな広場に向けて行進しています。歩道は自由に歩けますが、通 りの反対側に渡ろうとしても柵が延々と数キロにわたって連なっているので渡ることができません。困ってうろうろしている通行人もいました。10時を過ぎた 時点で、すでに行進を終えた団体がタクシム広場に結集しています。通りのあっちからもこっちからも、気合いの入ったシュプレヒコールが上がります。もとも とデモが大好きなひとたちですから、ここ一番で熱く盛り上がっているようです。





行進風景



絶好のロケーションでサンドイッチを売る少年

各団体ののぼりや旗を見ていると職業組合関係ばか りではなく、少数民族や少数宗派など、じつにさまざまなグループが参加しているようです。お昼を回ったころ、広場は色とりどりの旗で埋まり、たいへんな数 の人でいっぱい。数年前には過激派が事件を起こし、非常に暴力的な状況になったそうですが、今年はそんなこともありません。広場ではコンサートがあった り、グループで輪になって踊ったりと、楽しい雰囲気が続いていました。〈2011.5.4.〉



  春の樹の花  



  アヤソフィアと八重桜



  同じ公園の木蓮



  藤

春先になって街を歩くと、いたるところで樹の花に 出会います。日本でもお馴染みのものから、普段あまり見かけなくて何だろう?と思うような花まで、実ににぎやか。2011年の春は天候不順でいつまでも寒 い日が続きましたが、その分一斉に咲きそろった感じです。人々も外に出て散歩を楽しんだり、芝生の上でお昼ご飯を食べたり。



  タクシム公園の西洋花ズオウ



  マロニエ



  スノーボール

西洋花蘇芳(セイヨウハナズオウ)はマメ科または ジャケツイバラ亜科の落葉低木。日本で見られる花蘇芳は中国原産のものでしょう。こちらは地中海地方原産の落葉高木で、樹高が10メールのものもあると か。学名Cercis Siliquastrum. トルコ語ではErguvanエルギュヴァン。イスタンブールの街中ではいたるところで見られます。枝いっぱいにびっしり濃いピンク色の花がつき、花が終 わってから葉が出ます。イスカリオテのユダが首を吊ったのがこの木といわれ、欧米では「ユダの木」と呼ばれています。キリストを裏切った恥と後悔の念で、 初めは白かった花が赤く染まったというお話もあるそうです。
スノーボールはスイカズラ科、ヨーロッパ・北アフリカ原産の落葉低木。日本にも野生種が自生しています。花は紫陽花や大手鞠に似ていますが、葉っぱに切れ 込みが入っています。咲き始めは緑色がかっていて、花が大きくなるにつれてだんだん白くなっていくという何とも風情のある花で、木陰でひっそり涼しげに咲 いていました。〈2011.7.2.〉



  にぎやかなデモ行進  
 




  デモ行進

初夏を思わせる週末の土曜日、イスティクラル通り を歩いていると、向こうから鳴り物入りのカラフルな集団がやってきます。デモ行進のようですが、それにしては歓声が上がったりして何やら楽しそう。何かと 思ったら、同性愛者のコミューン存続を主張するデモでした。美しいお兄さんたちはここ一番着飾って、踊りながらさかんに投げキッスを送っています。週末の この通り、しかも夕暮れ時ときたら、衆目を集めるのに絶好のタイミングとロケーション。デモというよりパレードみたいですね。あまりのはなやかさに、思わ ず路面電車も停まるほど(?)。







 効果的なパフォーマンス

破れストッキングに柄ソックス、パンツにエプロン という独創的なファッションのお兄さんの合図で、後続の集団は200メートルぐらい疾走すると一斉に座り込み、シュプレヒコールと同時に巨大な虹色の布を 大きく波打たせ、印象的な効果をあげています。
トルコでどのくらい同性愛者や性転換者がいるのかわかりませんが、少なくともイスタンブールではたびたび見かけます。一般にはあまり理解されていないらし く、若い世代でも嫌悪感を示す人がかなりいるようです。宗教的な問題も影響しているのかもしれません。デモを取り巻くギャラリーには面白そうに眺める人、 厭な顔をする人、拍手を送って賛同する人など、さまざまな反応が見られました。〈2011.7.2.〉



  考古学博物館の中庭  





  場外展示の石棺

観光シーズンを迎え、冬の間は閑散としていた国立 考古学博物館も来館者が増えてきました。以前はうらさびれていた中庭もだいぶ整備され、しゃれたコーヒースタンドができてテラスで休憩するひとた ちもちら ほら。寒い季節には気がつかなかった植物も花をつけて、さりげなく置かれた展示品と相まっていい雰囲気です。



  コリント様式の柱頭と百合



  アカンサスの花



  紫陽花はまだ色づいていません

展示物の間にひときわ大きく茂り、丈が2メール近 くにもなろうとする花が目につきました。葉っぱには鋭い切れ込みが入り、巨大なアザミのようですが花が違います。あんまり見たことないなあ、としばらく眺 めていてふと思いついたのがアカンサス。調べてみたらやはりそうでした。
アカンサスはキツネノマゴ科ハアザミ属の多年草で、地中海沿岸地方原産。学名Acanthus mollis. コリント様式Corinthian orderの柱頭の装飾はこのアカンサスの葉をモティーフにしています。コリント様式は紀元前3世紀ごろからギリシャ・ローマ世界で流行し、その後の時代 にも好まれました。トルコのエフェソスでは、コリント様式とイオニア様式 が混合した形になっているものが見られます。ヨルダンのペトラPetraやジェラ シュJerash遺跡の柱頭は、アカンサスのモティーフが過剰に展開したものです。また、アカンサスはビザンチンの装飾にもよく使われました。
折しもこの花のすぐそばにはコリント様式の柱が無造作に置かれています。なかなか憎い演出です。座布団5枚!?〈2011.7.2.〉



  またまたラマザン



坂になった裏路地に出現した テーブル



ご近所が集まって

ラマザン(断食月)はイスラム教徒にとってとても重要な一ヶ月で す。断食月はイスラム暦にしたがっているため毎年11日ずつ早くなり、2012年は7月20日から8月18日までとなっています。トルコのラマザンがどう いう感じなのかは、以前にもご紹介しました。大きなジャーミー周辺や人が集まる広場には、断食明けの振る舞いを出すテントが張られます。今回はそういった 目立つ場所ではなく、街の裏通りの風景です。
ラマザン中のある日の夕方、街中にあるごく普通の狭い裏路地に突然長い長いテーブルがしつらえられました。普段は路地の片側に駐車した車が列をなしていま すが、その車が一台もありません。まるまる1ブロック分の路地はもちろん通行止めです。テーブルの上には電球が下がり、万国旗のような旗が掲げられて ちょっとしたお祭気分。聞けば区の主催で、年に一度ラマザン中にこの路地で振る舞いがあるとか。特定のひとが招待されるという類のものではなく、ご近所が 連れだって三々五々集まって来るという雰囲気です。



「早く食べたいんだから早く撮っ て!?」



デザートは桃です



よろず屋の店番をしながら

午後8時半、日没の合図とともに食事が始まります。承諾を得て写真を撮っていたら、どうぞご一緒に、とあちこちで誘われました。普通の時だったらよろこん でご馳走になるところですが、断食をしない異教徒としてはちょっと気が引けます。ちょうど夕食も済ませたところだったので、この時ばかりはありがたく辞退 しました。
後からトルコの人に聞いたら、断食明けの食事はとくに宗教的な意味合いがあるわけではないので、遠慮しないで食べればよかったのに、と言われました。今度 機会があれば、そうすることにいたしましょう!〈2012.8.21.〉



  キュネフェの作り方

トルコに限らず、イスラム圏のお菓子には卒倒するくらい甘いものがたくさんあります。キュネフェkünefeもシロップをたっぷり使った甘いお菓子のひと つです。トルコ中どこでも見られますが、とくに地中海地方最南端のハタイ県アンタクヤの 名物として知られています。
お昼を食べにふらりと寄ったお店で、作り方を見せてくれました。



手で押さえて成形します



炭火の上に載せて



ひっくり返してもう片面も



シロップをかけて



できあがり!

バターを塗った金属製の器に、テルカダユフtelkadayıfという小麦粉を素麺状に練った生地を敷き、間に白くて熱を通すと伸びるチーズ (telpeyniri)を挟み込みます。形を整えたらさらに溶かしバターをかけ、オーブンでこんがりと焼きます。ここでは炭火に載せて、途中でひっくり 返してもう片面も焼いていました。
焼き上がったら切れ目を入れ、砂糖を煮詰めたシロップをたっぷりかけます。熱々のところにかけるので、器のなかでじょわじょわと音を立ててシロップが泡立 ちます。しばらく置いてピスタチオの粉を振ってできあがり!熱いうちにいただきます。びよ〜んと伸びるチーズの軽い塩気とシロップの甘さが相まって、なか なかおいしいものです。甘いことに変わりはありませんが。
これにアイスクリームを載せたり、カイマックkaymakという濃厚な発酵クリームの固まりをどってり載せて食べるひともいます。写真は二人分ということ でしたが、日本人なら4人で食べるぐらいでちょうどいい分量かもしれません。Afiyet olsun(おいしく召し上がれ)!〈2012.9.20.〉



  ラフマジュン



直径30センチ以上?

トルコのお手軽スナックにラフマジュンlahmacunがあります。これは薄く伸ばした小麦粉の生地に、玉ねぎやピーマンのみじん切り、挽肉、トマトペー スト、スパイスを混ぜたものを載せてオーブンで焼いた薄焼きピザのようなものです。イタリアンパセリ、トマト、ルッコラ、薄切り玉ねぎなどのお皿が別に来 るので、これを真ん中に載せてレモンをきゅっと絞り、お好みで粗挽き赤唐辛子の粉を振って、端から折りたたんでぱくぱくといただきます。食事時にはこれを 2枚も3枚も頼んでいる人を見かけます。
お店によって大きさや値段も違いますが、だいたい1枚3リラ前後でしょうか。お手軽とはいえ、ちゃんとした店では注文を受けてから生地を伸ばして焼くた め、頼んですぐ出てくるというわけではありません。



泡立つアイラン

隣の泡立っている物体は塩味ヨーグルトドリンク「アイランayran」。トルコのヨーグルトは日本のものより固く、酸味が強い感じです。アイランはこれに 水と塩を混ぜて作ります。いまは工場で量産されているプラスチックカップに入ったものが主流ですが、炉端焼きなどの店では昔ながらのやり方でアイランを 作っています。アイランは泡立っていないとおいしくないと言うひとも多く、工場生産品の場合はふたを開ける前に思いっきり振って泡を立てようとします。も ちろん泡はほとんど立ちません。
お店ではべこべこに使い古したアルマイトのカップから、柄杓のようなスプーンですくっていただきます。こんもりした泡はなかなか消えません。これ一杯全部 飲むとおなかがぼがぼになります。



食後の一杯

食事を終えてくつろいでいたら、給仕係が頼んでいないのにチャイを運んできました。時々食後のチャイをサービスしてくれるお店もあります。アイランと巨大 ラフマジュン、山盛りサラダ、チャイで5リラ(約200円)!諸物価が上がりつつあるイスタンブールで、まだこういう店があるというのは嬉しい限りです。 〈2012.9.20.〉



イ スタンブールの勅使河原三郎



ポートレイト



ハリチ・コングレ・メルケジ入口



コンコース

秋になると、イスタンブールでも音楽会や芝居などのシーズンが始まります。2012年10月9日、日本のコンテンポラリー・ダンサー勅使河原三郎 Saburo Teshigawaraの公演がハリチ・コングレ・メルケジHaliçi Kongre Merkeziでありました。
勅使河原は1980年代半ばにKARASと いうカンパニーを率いて活動 を始めたダンサーで、すぐれて独自な舞台で世界的に高く評価されています。日本公演のチケットは売り切れで買えないことが多 く、わたしが彼の舞台を最初に見られたのは2002年フランスのリオン公演の時でした。
イスタンブールでは2007年から毎年「国際コンテンポラリーダンス・パフォーマンス・フェスティヴァル」が開催されており、今回の公演もこのフェスティ ヴァルの一環です。主催はEUの文化事業団体iDANS



金閣湾



海側から見たところ



ギャラリー

会場は金閣湾沿いの奥まったところにあります。渋滞さえなければタクシム広場からバスで20分程度のアクセスです。ここは比較的新しい施設で、広い敷地内 にいくつか会場があります。本当に金閣湾の波打ち際というシチュエーションで、会場から外に出られる構造になっているため、開演前や休憩時間には波の音を 聞きながら景色を眺めることができます。
この時は3000人収容の多目的ホールが会場でした。設備は最新、ホワイエも広くゆったりしています。しかし彼のダンスをこの規模の会場で見るのはきびし いと思っていたら、結局ホール1階のみの使用でした。全席自由で50リラ(約2200円)。
併設のギャラリーでは、一連のフェスティヴァルに出演したダンサーの写真展などもやっています。観客は多いとはいえず400人程度でしょうか。比較的若い 世代のヨーロッパ人が過半数という感じで、会場で知り合った人はオーストリアから招待されて来たと話していました。



開演前のひととき



赤地に尻尾の長い黒猫がiDANSのトレード マーク

演目は2009年の作品「オブセッション Obsession」。他の作品でもそうですが、勅使河原は振り付け、演出のみならず照明、美術、衣装、選曲まで手がけています。開演前の舞台の様子を写 真に撮ろうとしましたが、照明が暗すぎて撮れませんでした。
彼のダンスではいつも繊細で鋭角的な空間が出現し、そこに現代芸術の美が凝縮されているように感じられます。この日の舞台もタイトルが示すような緊張感と 焦燥感に満ちた素晴らしいものでした。勅使河原のサイトで、この時の舞台(とイスタンブール)について本人が感想を述べています。関心がおありの方はこち らもご覧ください。〈2012.11.26.〉



共 和国記念日・花火大会







ヒルトン・ホテル脇の広場から

10月29日はトルコ共和国記念日です。第一次大戦でドイツと ともに参戦して敗北したオスマン帝国は、連合諸国による本土分割の危機に直面していました。これを救ったのがムスタファ・ケマル Mustafa Kemal、後のアタテュルクAtatürkです。ムスタファ・ケマルは連合国の言いなりになっている帝国に見切りをつけ、祖国解放戦争を展開します。 1922年にスルタン制が廃止され、オスマン帝国は消滅。そして1923年のこの日にトルコ共和国の建国が宣言され、イスラム圏で初めての共和国が誕生し ました。
この日は毎年各地で記念式典が行われ、いたるところにトルコの国旗がひるがえります。2012年は10月24日から28日までが犠牲祭に当たり、その翌日の記念日ということで6連休となりました。こ の日の夜にボスポラス大橋で花火があがります。10月末にしては暖かい晩だったので、海峡 を見おろす場所に行って花火見物してみました。
橋は普段と違うイルミネーションでとても印象的です。人出が多いかと思ったら、意外にもちらほらしかいません。ほどなく花火大会が始まりました。どうも日 本製の尺玉のようで、なつかしくも美しい光景が海峡の夜空に広がります。
しかし次から次へとがんがんあげまくって、「間」というものがまるでありません。前の花が完全に開いて静かに消えていくのを待たず、3つ4つも重なり合っ て何が何だかわからない。おまけに硝煙が立ちこめてかすんできます。それでもかまわず「やれ行けそれ行け」どんどんいきます。音はほとんど轟音状態。海峡 をはさんだアジア側とヨーロッパ側に高台が迫っているため、そこに反響して地鳴りのようです。
日本の花火大会だったら30分以上かけてあげる分量を、10分程度でどしゃどしゃやってぱっとおしまい。余韻も何もあったものではありません。こんな上げ 方をされたら花火職人さんが気の毒と思いつつ、お国柄の違いが現れて面白いやらびっくりするやら。〈2012.11.26.〉



ア タテュルク追悼の日Atatürk’ü Anma Günü



共和国記念塔のムスタファ・ケマル・アタテュ ルク



タクシム広場バスターミナル



アタテュルク文化センター前



式典の様子

1938年11月10日はトルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタテュルクMustafa Kemal Atatürkの亡くなった日です。
ムスタファ・ケマルは1923年の共和国宣言後トルコ初代大統領に就任し、国教の廃止、アラビア文字からラテン文字の採用、男女平等な義務教育制度導入、 一夫多妻制の廃止、男性のトルコ帽やターバンの着用禁止等、政教分離政策(世俗主義)を推し進め、トルコの近代化をはかりました。「アタテュルク」とは文 字通りトルコの父、あるいはトルコの始祖という意味で、1934年に議会から与えられた称号です。
そのアタテュルクの命日には、彼の廟があるアンカラはもとより、各地で追悼のセレモニーが行われます。イスタンブールではこの日の朝、タクシム広場中央に ある共和国記念塔で式典がありました。記念塔の周辺は柵で囲まれ、軍人を始め要人が整列してセレモニーの開始を待っています。一般市民は柵の外から式典を 見守ります。隣にいた年配の女性は、「今日はわたしたちにとって特別な日なので、毎年ここに来て追悼します」と話してくれました。



9時5分



見守っていた人々



記念塔の前で記念写真

午前9時少し前にアナウンスがあり、各種団体の献花が始まります。彼が息を引き取った9時5分にサイレンが鳴り響くと、その場にいる全員が黙祷、軍人は敬 礼をして追悼の意を表します。この時は道行く人も足を止めて黙祷します。そして国歌斉唱、解散となりました。
周りを見ると、目を赤くしている人が何人もいます。年配の方ばかりではなく若い世代も。アタテュルクを思うトルコの人々の気持ちが伝わってくるようでし た。〈2012.11.26.〉



ロ リン・マゼール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ
 


コンサートのポスター



今日はどこも半旗です



開演前

2012年11月10日、金閣湾沿いのハリチ・コングレ・メルケジでロリン・マゼールLorin Maazel指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団Royal Concertgebouw Orchestraのコンサートがありました。会場は勅使河原三郎の公演があったのと同じ、3000人収容のホール です。このコンサートは、トルコとオラ ンダの国交が始まって400年になるのを記念するプロジェクトのひとつとして開催されました。ヨーロッパのメジャーオーケストラを招聘したり、ジャズフェ スティヴァルを企画したりと、さかんに活動しているイスタンブール文化芸術財団の主催です。チケットは275リラ(約1万2000円)から34リラ(約 1500円)。
ホワイエに入るとマスメディアのカメラが並び、さかんにフラッシュがたかれています。400周年記念コンサートということで、オランダ王室のオラニエ公 ウィレム=アレクサンダー王子と、マクシマ・ソレギエタ公妃が列席すると聞きました。



スピーチを聞くロリン・マゼール



黙祷



ホワイエ

会場はほぼ満席です。定刻の8時をやや過ぎてから公夫妻が1階最前列に着席し、関係者のスピーチが始まります。その後全員起立して両国の国歌斉唱。マゼー ル指揮のコンセルトヘボウ演奏でトルコ国歌を聴くという、非常にめずらしいチャンスに恵まれました。折しもこの日はムスタファ・ケマル・アタテュルク追悼 の日だったため、国歌斉唱の後ここでも黙祷を捧げました。
演目はプロコフィエフ「ロメオとジュリエット」組曲から2曲、休憩を挟んでチャイコフスキーの4番。ホールの音響は悪くないようです。オーケストラの緻密 なアンサンブルが非常に分析的に聞こえてきて、曲の構成、指揮者の魅力、楽団の持ち味を十分に楽しむことができました。
〈2012.11.26.〉



  イスタンブールの雪  



イスティクラル通り



チチェッキ・パサージュ入口



おまわりさんたち制作の雪だるま



雪の夕焼け

2013年が明けてすぐ、イスタンブールは2日間続く大雪に見舞われました。2012年末にも雪が降りましたが、今回は幼稚園から高校まで休校という事態 になりました。
雪が降ると車はにわかに慎重な運転となり、ただでさえ渋滞がひどい市内はいたるところで交通網がマヒします。みんなそれがわかっているせいか、降り始めて しばらくすると出控える人が多いらしく、かえって普段より空いている道路もありました。



アヤソフィア



スルタンアフメット・ジャーミー



雪だるま作りに興じる観光客



トプカプ宮殿前の爆睡犬



アヤイリニ博物館

まるまる2日降った後、3日目は午後から日が差してきて4日目は何と快晴!最低気温マイナス6℃という寒さでしたが、久しぶりの青空と太陽がありがたく感 じられました。〈2013.1.15.〉



  2月の魚



ガラタ橋たもとの魚市場



天然物が増えます



片口鰯の唐揚げ一人前。奥の紙包みは「サバサ ンド」

寒い季節になると、魚に脂がのっておいしくなるのはイスタンブールも同じです。とくに2月は片口鰯hamsiが最高においしい時期を迎えます。日本でカタ クチイワシはヒコイワシとも呼ばれ、田作りや煮干しなど加工して食べることが多いため、生を店先で見ることはあまりありません。イタリア料理でよく使われ るアンチョビは、このカタクチイワシを塩蔵したもの。しらす干しやたたみいわしはカタクチイワシの稚魚を加工したものです。
イスタンブールでは黒海の片口鰯が一番おいしいとされ、寒くなるとボスポラス海峡を南下してくるので収穫量も増えるそうです。とうもろこしの粉をまぶして 油で揚げ、熱々のところにレモンをきゅっと絞っていただきます。こちらでは指で骨を取って食べる人も多いようですが、日本人には気になりません。頭からむ しゃむしゃ食べられます。
ガラタ橋のたもとは、船で売っているサバサンドが有名です。ガラタ 橋を挟んでサバサンド船の対岸、新市街寄りの海岸沿いに魚市場があり、地元の買い物客で にぎわっています。鯛やスズキ、アジ、サバ、カツオは年中見られますが、この時期はとくに養殖ではなく天然物が多く出回り、高級魚のイボカレイや鮭、海 老、イカなど種類も豊富です。



市場のおこぼれを狙うカモメ



お持ち帰りした調理済みの鯛。サラダとパンは サービス

市場の奥にあるテント式の簡易食堂では、新鮮で安くておいしい魚料理が食べられます。市場で買った魚を持ち込むという形ではなく、あくまでも食堂で扱って いる魚を料理して出すという店です。もちろん名物サバサンドもメニューにあり、テーブル席でゆっくり食べることができます。お昼時など地元の人たちでいつ も混んでいますが、何しろテントなので冬は寒く、夏は暑いというのがちょっと難でしょうか。魚を調理してもらって、パックに入れてお持ち帰りもできます。
付近にはテントではない店もあり、そういう店では陽気がよくなると海沿いに椅子とテーブルを出して、潮風に吹かれながら食事ができるようになっています。 こういった気取らない食堂では、魚の調理法は唐揚げか鉄板焼き、場合によっては炭火焼きがほとんどです。



メイハーネのシーフードマリネ



海老のギュベチ



イカリング

メイハーネと呼ばれる居酒屋や魚料理専門店に行くと、もうちょっと凝った魚料理が各種用意されています。鮪やカツオの塩漬けやカルパッチョ、シーフードマ リネなどの冷菜から、陶器の器に入れてチーズを乗せてオーブン焼きにしたグラタンのような海老のギュベチ、イカリング、スズキの紙包み焼きやトマト煮と いった熱々の料理まで、さまざまです。
イカリングはにんにく入りのマヨネーズソースをつけていただきます。トルコ沿岸部のシーフードレストランでは必ずイカリングがありますが、どこで食べても 例外なく柔らかいのは何故でしょう。イカは火を通しすぎると固くなるので、揚げる際にはかなり注意を要する食材です。すべての調理人が細心の注意を払って 揚げているとはとても思えません。何といっても諸般にわたっておおらかなトルコですから…。
イカリングがどうしてこんなに柔らかいのか、永遠の謎になりそうです。〈2013.2.24.〉



  「日本の風」展



宮殿コレクション博物館



中央の床下に厨房の遺跡が

2013年2月23日から、ベシクタシュにある宮 殿コレクション博物館 Saray Koleksiyonları Müzesi で「オスマンの宮殿へ吹く日本の風 Osmanlı Sarayında Japon Rüzgarı 」展が開催されています。
この博物館は海峡に面してそびえるドルマバフチェ宮殿の並びにあり、当時宮殿の厨房として使われてた建物を修復したものです。オスマン時代最後に建てられ たドルマバフチェ宮殿で使われていた家具や食器、装飾品などが並ぶ常設展と、毎回異なったテーマで特別展を行うアートギャラリーの二つの部分に分かれてい ます。常設展は有料ですが、ギャラリーは無料です。
今回の特別展は、1890年に和歌山県沖で起きたオスマン海軍のエルトゥールル号遭難事件に端を発して深まった日本とトルコの関係を、工芸品を通して眺め るという趣旨でした。
美しい象眼を施した芝山細工の家具、巨大な七宝焼きの花瓶など、いずれも19世紀末から20世紀にかけて海外輸出用に作られたものが数点展示されていま す。当時ヨーロッパでは、日本の伝統的なモティーフを取り入れた芸術様式「ジャポニズム」が流行中で、その影響を受けたフランス製のガラス製品などもあり ました。素晴らしいコレクションですが、日本人から見ると和洋折衷できらびやかすぎ、ちょっと落ち着かない気分になります。



イスラム文様の花瓶



芝山細工の家具



磁器に銀細工を施したティーセット

ドルマバフチェ宮殿は見学ツアーに参加しないと内部を見ることができません。そのため各部屋に置かれている品々をゆっくり見る時間はなく、写真撮影も禁止 です。一方、トプカプ宮殿の陶磁器展示室はすばらしいコレクションで有名ですが、こちらは長らく修復中で現在閉鎖されています。今回のようなギャラリーの 展覧会は、凝った装飾品を間近で見られる絶好のチャンスといえるでしょう。会場ではトルコの人々が熱心に鑑賞していて、こちらが日本人とわかるとあれこれ 質問されました。〈2013.3.19.〉



  3月の花
 


ビザンティン教会の遺跡に咲 く桜



金閣湾を見おろす墓地のアイリス



日本でもお馴染み



アヤソフィア裏の木蓮

2013年の3月は、前半まで最低気温が氷点下という日が多く、どんより曇った冬の空でした。しかし中旬あたりからにわかに気温が上がり、最高気温が 20℃を越す日が続出。日本と違ってこちらの冬は雨がちで暗い日が続くので、さんさんと日が照ってくるとうれしさもひとしおです。
公園の花壇では、早くもちらほらとチューリップが咲き始めました。街を歩くと、ちょっとしたところにもかわいらしい春の花を見つけることができます。



海峡に面した図書館の中庭



桜とはちょっと違うような?



トプカプ宮殿近く



「仏の座」に似ています



リュステム・パシャ・ジャーミーの中庭

タクシム広場近く、ボスポラス海峡に面してア タテュルク図書館 Atatürk Kitaplıĝıがあります。とても広い敷地で、海峡を見おろすすばらしい立地です。館内で調べ物をしてい ても、外の景色が気になって集中できません。ここの中庭に1本満 開の桜の木がありました。遠目には桜に見えたのですが、近寄ってみると花の中央にピンクが入り、雄しべも赤くなっています。あたりには甘い香りが漂い、桜 とは様子が違うようでした。〈2013.3.19.〉