このところイスタンブールは、ぐずついたお天気が
続いています。気温もだいぶ低くなってきました。こうなってくると、街歩きもなかなか大変です。何かいい方法はないかと思って考えついたのが、路線バスに
乗って街を見物するという手です。
市内にあるバスターミナルには、各地域へ行くバスが集まっています。バスの乗車口に主要経由地が書いてあるので、それと地図を見ながらだいたいの見当をつ
けて、なるべく長い距離を走りそうなバスに乗ります。イスタンブール市営バスはどこまで乗っても約90円。どうせならたくさん乗れる方がうれしいですね。
観光とは関係のない道を通るので、普段は見られない街の様子が見られます。座席が高くて見晴らしはいいし、暖房も効いていて快適です。ただし時間帯と天候
を考えないと、渋滞で大変なことになりますが。
高校生諸君
お天気はいよいよ悪くなり、フロントグラスには滝
のように雨が流れています。おまけに乗客が増えるにつれて窓ガラスが曇ってきます。せっかくの観光気分なのに、外がきれいに見えなくてちょっと残念。この
バスは携帯OKのようで、車内のあちこちで話し声が。ちらりと聞こえたところによると、後ろの年配の男性はこれから病院に行くのだそうです。高速バスとは
いえ本数も多く、しっかり市民の足になっていることがわかります。
前方にボスフォラス大橋が見えてきました。外はは
げしい雷雨です。でもせっかくの機会なので、ガラス越しに無理矢理写真を撮ってみました。ゆがんで見えるのは、ガラスに当たった雨が流れているためです。
バスはメジディエキョイで環状線を降りて、シシリーに向かいます。しかしひどい渋滞でなかなか前に進みません。終点まで行きたかったのですが、途中の道ば
たで降ろされてしまいました。所要1時間25分。道中混んでいたとはいえ、やはり普通の路線バスよりもかなり速いバスでした。〈2009.12.22.〉
二ヶ月の予定だったイスタンブール滞在ですが、いざ行ってみたら見るもの聞くものすべてが新鮮で、毎日びっくりするやら感心するやら。観光の時には気がつ
かなかったさまざまなできごとに、すっかり圧倒されてしまいました。せっかくの機会なので少し滞在を延長し、2010年お正月に日本に戻ってまいりまし
た。
まだまだご紹介したいことがたくさんあります。これから後はイスタンブールの日々を思い出しながら、印象に残ったことを取り上げていくことにいたしましょ
う。
学校正面
歴史を感じさせる内部です
イスタンブールには大きな語学校がいくつかあります。わたしが通っていたのは
トメルTomer
という学校でした。ここはアンカラ大学で開発され
たプログラムを使っていて、外国人のためのトルコ語教育で定評のあるところです。本拠地はもちろんアンカラ。他にもイズミールやアンタルヤなど、トルコ国
内に10の分校があります。
イスタンブール校はイスティクラル通り中ほどを少し入ったところにありました。繁華街の裏手なので周囲は何やら歌舞伎町の裏通りみたいな感じですが、校舎
は1920年代に建てられた7階建ての立派なヨーロッパ建築です。最新式の近代建築に比べると居住性にやや劣るとはいえ、歴史的建造物だけあって細部の装
飾が凝った美しい建物でした。
屋上から見たガラタ塔方面
クラスメイト
ある時クラスメイトに誘われて屋上に上がってみました。そもそも丘の中腹に建っているので、上まで登ると素晴らしい眺めです。ガラタ塔から旧市街まで見渡
すことができます。日中は逆光になるので金閣湾の写真はうまく撮れませんでしたが、風が吹き抜ける気持ちのいい場所でした。お天気のいい休み時間のたびに
そこでたむろしていたら、その後危険だからということで立ち入り禁止になってしまいました。何とも残念。
授業はなかなか大変で、毎日ついていくのに必死でした。クラスメイトはほとんどがトルコ語ぺらぺらです。みんな何でこんな初級クラスにいるのかわかりませ
ん。そんなことを言っても仕方ないので、連日山のように出る宿題を泣きながら(?)やっていました。休み時間の共通言語は英語だったのがせめてもの救いで
す。聞くところによると、仲間うちの共通語がロシア語とか中央アジアの言語になる場合もあるそうなので。
授業風景
素晴らしかったのは先生の教え方です。最初のクラスは学生8人、次のクラスは15人でしたが、一瞬たりとも気を抜けない怒濤の授業展開、恐ろしい勢いで単
元が進んでいきます。しかもそれが、和気あいあいと明るく楽しい雰囲気いっぱいで、というところがすごい。
先生は各学生の能力や性格、そしておそらく文化的背景を瞬時に把握して、それにあった内容の質問を機関銃のように繰り出します。よくわからないままトンチ
ンカンな返答をしても、上手にフォローして正解に導いてくれます。気の利いた冗談でみんながお腹をかかえて笑います。クイズ感覚でその日のポイントをおさ
らいします。教員の立場になって、こんな密度の高い授業を1日4時間毎日やれと言われても、とてもできない…と感服しました。もっともこれはたまたまそう
いう熱血先生に当たっただけなのかもしれませんが。
写真の授業風景は「海峡沿いの眺めのよいレストランに来た二人連れの客と給仕係」というシチュエーションです。店に入って席に着き、メニューを見て料理を
注文、お勘定をするという一連の会話を、学生三人で実演します。このときは「いささか威勢のよすぎるギャルソンヌに、おとなしい観光客がびびりまくる」と
いう展開になってしまいました(笑)。〈2010.2.16.〉
先生の誕生パーティ?
韓国の友だちの力作「キンパ」
底抜けに明るく楽しい先生のおかげで、わたしたちのクラスはとても親密で仲のいいクラスになりました。数ヶ月前から学校に通っていた友だちが「こんなに仲
のいいクラスなんてあり得ない!」と叫ぶほどです。たしかにこればっかりは巡り合わせというものでしょう。本当に幸運なことでした。
ある時、明日は先生の誕生日だから、ケーキや飲み物をこっそり用意して、休み時間にサプライズパーティをしよう、という計画が持ち上がりました。「じゃあ
僕はケーキを買ってくるよ」「わたしは飲み物ね」「わたしはみんなでつまめる軽食を作って来ようかな」と、その場で話がまとまります。わたしは鶏のつくね
と卵焼きを作って持っていくことになりました。
そして当日。休み時間に教員室に戻ろうとする先生を呼び止め、廊下で待っていてもらいます。その間にそれぞれ持ち寄ったものを机に並べ、ケーキにろうそく
を点します。そしていよいよ先生の入場。みんなで「ハッピーバースデイ」を歌います。先生は何ごとかとびっくり!「だって今日はわたしの誕生日じゃなく
て、わたしの息子の誕生日なのよ!?」…。
クラスメイトはみんなトルコ語上手だけれど、そのあたりをちょっと聞き間違えたのですね。それでも先生はとても喜んでくれて、みんなでおいしくケーキや軽
食をいただきました。
ケーキ持ち込み
ロカンタで昼食会
また別の時は、先生がナッツやレーズン入りのお手製ケーキを持ってきてくれたこともありました。このときは学校近くのチャイ屋にケーキを持ち込み、お茶を
飲みながらみんなで頬張ったのでした。
こんな具合で先生と一緒にお昼を食べに行ったり、夕方集まってビールを飲みに行ったり。最初のころはクラスメイトだけで集まっていましたが、そのうちみん
な学外のボーイフレンドやガールフレンドを連れてくるようになって、ますますにぎやかに。先生もまたそれを歓迎していました。こういうところに、おおらか
で友だちを大切にするトルコらしさを感じます。
でも、先生が一緒のときは教室以外の場所でもトルコ語で話をしないといけません。教育的配慮ということでしょうか。隅の方でこっそり英語で話していると、
「ヒロミ!」と注意されます。おかげで、課外授業にいたるまでしっかり充実した語学校生活を送ることができました。
このときのクラスメイトは、学校をやめたりクラスが変わったりした今でも、時々会ってはパーティをしているそうです。各国から勉強に来た若い人たちと親し
くなれたことは、わたしにとってもとても貴重な経験でした。またみんなと会いたいなあ!〈2010.3.6.〉
建物正面。普通のアパートと同じ
です
イスタンブール滞在中に泊まっていたのは、「イスタンブール・スイーツIstanbul Suites
」というところでした。場所はタクシム広場から歩いて約15分、「軍事博物館」の近くにあります。ここはホテルというよりも家具付きのアパートで、原則的
に週、または月単位の契約になっています。各部屋には基本的な家具とキチネット、冷蔵庫、調理器具、食器、バスルームなどが完備されています。部屋数は全
部で12室。たいへんこじんまりとしたアパートです。
わたしのいた部屋は、ワンルームを棚とカーテンで仕切ってリビングと寝室に分けてあり、実質的に1LDKという感じになっていました。隣の建物もこのホテ
ルの所有で、そちらはキッチンと寝室、リビングがそれぞれ完全に独立した部屋になっています。いずれも普通に生活することを前提にしているため、とくに
ゴージャスでぴっかぴかというわけではありませんが、清潔で使い勝手がよく、快適に過ごすことができました。家族連れの観光客や仕事で長期滞在するひとが
多いようでした。
大通りから少し入ったところにあるので、街の中心にある割にたいへん静かです。近所にバチカン領事館があり、時々そこの教会から鐘の音が聞こえてきます。
イスラム寺院のエザーン(礼拝のアナウンス)と、キリスト教会の鐘の音が両方聞こえるのは、この街ならではのことかもしれません。
すぐ前の路地では子供たちがボールで遊んでいたり、ご隠居さんが椅子とテーブルを持ち出して、日がなバックギャモンに興じていたりします。通りの向こうと
こっちで、窓越しに世間話をしているお母さんもいます。何だか下町情緒たっぷりという雰囲気ですね。
リビング
ここは地の利がよいということもありますが、何よりも大家のナラン・サジュク Nalan
Sacikさんがとても誠実で信頼できる人柄で、安心して過ごせるという点が魅力です。彼女自身も同じ建物に住んでいるので、たとえば台所の流しの具合が
悪いとか、部屋のテレビが映らないといった不具合にすぐ対応してくれます。
またある時は、だいぶ寒くなってから深夜に怪しげな節回しで声を張り上げ通りを徘徊する男が連日出没し、何やら不安に思ってあれは何かとたずねたら、「そ
れはボザ売りよ」と教えてくれました。ボザbozaは冬場に出回るトルコの伝統的な天然飲料ですが、まさかそんなふうに真夜中に路地で売って回るとは思い
ませんでした。教えてもらわなければ、毎晩「ボザ売り」の声にびびっていたかも?彼女は「彼を呼び止めて買うよりも、大通りにある大きなお菓子屋さんで瓶
入りのを売っているから、それの方がおいしくていいわよ」と助言してくれました。
部屋の窓から
向かいのよろず屋開店準備中
ナランさんは、ここに滞在するひとたちは自分の家族と同じと思っているそうです。ですから、そのひとたちが快適に過ごせるようにいつも気を配っています。
みんなの話を聞いたり相談にのったりすることは、自分にとって大切なことだし、またそれがとても楽しいと話していました。
実際に、玄関脇の彼女のオフィスでお茶を飲みながらおしゃべり、ということもよくありました。アパートの地下階には本格的なキッチンを備えた広いサロンが
あり、そこで滞在者同士の交流の場がもたれることも。彼女はこれからそのサロンを利用して、滞在者のために「旅行で使えるトルコ語講座」や「簡単トルコ料
理教室」などを開催していきたい、と意欲的に抱負を語っていました。
いつも明るく頼りになるナランさん。彼女のおかげで充実したイスタンブール生活を送ることができたのだなあ、としみじみ思ってしまうのでした。
〈2010.3.23.〉
ナランさんのアパートは、メトロのタクシム駅とオスマンベイ駅の中間ぐらいにあります。ジュムヒュリエット通りにはスーパーが3軒ほどある他に、飲食店や
食品店、お菓子屋さんなどがたくさん並んでいて、なかなかにぎやかです。アパート近くの裏路地にはぽつぽつとよろず屋やパン屋、雑貨屋など。普段は学校帰
りにこうしたお店に立ち寄って買い物をしますが、もうちょっと本格的に食材をそろえたいときはオスマンベイ駅の方に出かけます。
大通りをはさんで駅の東側は、高級おしゃれエリアの
ニシャンタシュNisantasi、テシヴィキエ
Tesvikiye。西側はクルトゥルシュKultulusという地域で、こちらは地元駅前商店街全面展開。通りを一本はさんだだけで、雰囲気ががらっと
変わります。ニシャンタシュ方面は公園や音楽会のホールがあるので、くつろぎたいときに足を運びます。しかし日々の糧なら何といっても駅前商店街です。
「村の玉子」
伝統薬局
乾燥ハーブやドライフルーツ、小麦粉を練って薄くのばした生地「ユフカyufka」など、伝統的な食品を扱う店が何軒もあります。そういう店にはたいてい
「村の玉子koy yumruta
」と称した、ばら売り玉子が並んでいます。もみ殻のなかに埋まった玉子を客が自分で選びます。ちょっと宝探しみたい。スーパーなどの玉子より高めで1個約
20円。でも欲しい分だけ買えて無駄がないうえ、味もいいみたいです。
薬局はいたるところにありますが、市販薬や処方箋の薬を扱う店の他に、薬用ハーブやオリーブオイル石鹸、エッセンシャルオイルなど、ナチュラル系のものを
扱う伝統的な薬局もあります。漢方薬局みたいなものでしょうか。トルコではちょっと風邪を引いたぐらいだったら、薬草茶と柑橘系の果物で治してしまうひと
が多いそうです。店内はハーブの香りで一杯。
商店街には他にも肉屋、魚屋、酒屋、金物屋、床屋、洋品店、雑貨屋、花屋などがひしめいていて、生活感にあふれています。外国人だからといって値段をふっ
かけてくることもありません。八百屋のお兄さんは、トルコ語の野菜の名前やご近所の情報を教えてくれます。肉屋のおじさんは、わたしがほんのちょっとしか
買わなくても(つまり地元のひとたちはいっぺんにキロ単位で買っていく)、いつも上機嫌で包丁を振り回しています。本当においしい食材は、やはりこういう
個人商店に多かったように感じました。
駅前から延々と続く商店街は、ゆるい坂を下って2キロ半ぐらいで終わります。終点にあるのは巨大な売り場面積を誇るスーパー「カルフール
Carrefour
」。フランス資本だけあって、フランス産のワインやチーズなども手に入ります。ベーコンやハムといった豚肉製品も、隅の方にちょこっと並んでいました。い
ろいろなものをまとめて買いたいときや、ちょっと目先の変わったものがほしいとき、こういうスーパーはやはり便利ですね。
個人商店と大型スーパー。ここではどちらもにぎわっていて、うまく共存しているように見えました。〈2010.5.26.〉
テオドシウスの城壁
エディルネカプEdirnekapiはテオドシウスの城壁にいくつかある門のひとつです。城壁はイスタンブールのヨーロッパ側、街の西側を守るようにして
造られ、現在かなり修復されています。エディルネカプはこの城壁の北寄りにあり、ここを通ってさらに西に向かうと、ギリシア、ブルガリアと国境を接する
町、エディルネにたどり着きます。だから「エディルネ門」というわけです。
オスマン様式の民家
博物館前のカフェテラス
このあたりは観光地ではなく、ごく普通の住宅地といった感じです。近くにカーリエ博物館がなければ、観光客が足を運ぶこともないでしょう。なぜか博物館近
くの路地の一画に、オスマン様式の木造家屋がずらっと並んでいます。いずれも割と新しく建てられたようで、見たところ普通の民家みたいです。他にもあるか
と思ってそのへんを歩いてみましたが、こんなに集中しているのはここだけでした。昔はこういう家がイスタンブール市内にたくさん並んでいたのでしょうね。
ロカンタの昼食
ロカンタのおじさんケバブを削ぐ
博物館周辺は入口に大きなカフェテラスがあるだけで、バス停のある幹線道路まで出ないとお店らしいものはありません。博物館を見学した後、何軒かある食堂
の一軒でお昼を食べました。肉と野菜の煮込みとピラウ。パンは食べ放題。これにお茶がついて約500円。何ということのないごく普通の料理ですが、トルコ
はこういうものがなかなか美味です。タクシム界隈のロカンタで食べると、同じようなものでももう少し値段が高くなります。この店は味付けがあっさりしてい
ておいしかった。見た目よりボリュームもたっぷり、夜になってもお腹が空きませんでした。〈2010.6.8.〉
2009年10月23日から2010年1月24日まで、新市街にあるペラ博物館Pera Muzesiで「シャガー
ル展」が開催されていました。日本でも人気のあるシャガール、ここではどんな風に紹介されているのでしょうか。この博物館は常設展もたいへん充実していま
す。常設展については
こちらをごらんください。特別展開催翌日に行っ
てみたにもかかわらず、館内は閑散としています。平日のお昼過ぎという時間帯だからか
もしれませんが、ちょっと拍子抜けしてしまいます。しかし展示は圧倒的なものでした。油絵やドローイング、版画など160点あまりを、3階分のフロアを
使ってゆったり展示してあります。エレベータの扉までシャガールになっています。なかなかおしゃれな博物館です。
シャガールは愛を主題にした作風で知られていますが、作品にはユダヤ教のさまざまなモティーフが使われることがあります。この展覧会は「シャガール、人生
と愛」というテーマでしたが、全体を丹念に見ていくと、信仰者としてのシャガールの姿が浮かび上がってきます。これは日本ではあまりクローズアップされる
ことのない側面かもしれません。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教それぞれの寺院や教会が混在するイスタンブールでこういう展示を見ると、説得力があるよ
うに感じられます。
トルコを代表するマグナムの写真家アラ・ギュレルAra Guler
がシャガールに会ったときの話も紹介されていました。ギュレルによると、シャガールはロシアから亡命してすぐイスタンブールを訪れ、マルマラ海にあるビュ
ユックアダBuyukada という島に数年間滞在したとか。シャガールは「君はあのあたりのことに詳しい?島の写真を撮ったことがあるなら送ってほしい
な」などとギュレルに語ったそうです。
カフェ
ランチョンマットもシャガール
マリア・カラスのピアノ
ところでこの博物館には素敵なカフェがあり、入館者以外も使えるようになっています。見応えのある展覧会のあとにお茶で一息入れるにはもってこいです。軽
食などもあるようでした。広くてゴージャスなラウンジの中央に、マリア・カラスのピアノが展示されています。第二次大戦後カラスがアメリカに渡る際、ちょ
うどアンカラのコンセルヴァトワールに招聘されることになったカラスの先生のもとに渡ったものだそうです。思いがけない発見があって、ここはすっかりお気
に入りの博物館になってしまいました。〈2010.6. 30.〉